さて、 avec les yeux très ouverts の続きは、ヴィルギュル(virgule / カンマ)の後に
de faire semblant de passer suavement la main sur son front
と続きます。
日本語でヴィルギュルやカンマ( , )に相当するのは読点( 、)でしょうか。
※ 「読点」は「どくてん」じゃなく「とうてん」と読みましょう。
日本語の読点の用法や使い方はあいまいで、あってもなくてもいいじゃん、とか、人によって使い方は違いますよね、みたいな感じになりがちですが、英語やフランス語のヴィルギュル(カンマ)にはけっこうはっきりした意味(役割)があります。
今の場合、 avec les yeux très ouverts の前後にヴィルギュルがあるのはなぜでしょう。
じつは、ここにヴィルギュルがあることで、ここで挟まれている箇所が、 et が並べている (並置している) 対象じゃないよという印(しるし)になっています。
言いかえると、 ヴィルギュルで挟まれている avec les yeux très ouverts を省いてみると、
Comme il est doux
d'arracher brutalement de son lit ...
et
de faire semblant de passer ...
となって、 et が並べているのは[de + 不定詞]の d'arracher ... と de faire ... とであることが見えやすくなります。
では、
de faire semblant de passer suavement la main sur son front
の中身を見ていきましょう。
発音は、
de faire semblant
ドゥ フェール ソンブラン
de passer suavement la main
ドゥ パセ シュアーヴモン ラマン
sur son front
シュル ソン フロン
です。
faire は基本単語中の基本単語中ですが、その後に続く samblant とは何か。
かたち的には動詞 sembler (意味は「〜のように見える」など)の現在分詞っぽい(最後が -ant になっているので)です。
そうすると
faire + 現在分詞
という形式の表現があるのでしょうか。
辞書で faire を調べてみましょう。
...。
faire は基本動詞なので辞書の記述が長いですが、全部の記述に目を通しても「 faire + 現在分詞 」みたいな用法は見当たりません。
別の辞書ではどうでしょうか。
...。
やっぱりそのような表現はありませんでした。
では今度は semblant を辞書で見てみましょう。
semblant は男性名詞で「外観」「見せかけ」という意味が載っています。
sembler という動詞が「〜のようにみえる」という意味なので関連がありますね。
さらに辞書を見ると、
faire semblant de 名詞/不定詞
という項目があり、
〜の(〜する)ふりをする
となっています。
そうすると
de faire semblant de passer suavement la main sur son front
は、
「passer suavement la main sur son front」 するふりをする
ということになります。
passer は、目的語がないと「通過する」「移動する」、目的語があると「〜を通り過ぎる」「〜を移動させる」みたいな意味になります。
目的語は動詞の動作の対象になる言葉で、品詞は必ず名詞です。
たいていは目的語は動詞のすぐあとに来ます。
いまの場合、
passer suavement la main sur son front
で passer の後の suavement は目的語ではありません。
suavement は副詞です。
副詞は目的語にはなりません。
なぜ suavement が名詞じゃなくて副詞だと思う(わかる)かと言うと、
1. 辞書を見るとそう出ている、あるいはこの単語をすでに知っていた
2. -ment で終わる単語には副詞が多い(名詞のときもある)
3. 名詞にはたいてい冠詞や冠詞の仲間がくっ着いているが suavement には冠詞類が着いてない
4. 副詞の基本的な役割は動詞を修飾することだが、その場合、副詞は動詞の直後に来ることが多い
などの点が挙げられます。
じっさいに辞書を引いてみます。
いま電車内でスマートフォンでこの記事を書いているのですが、このスマホには仏和辞典はちょっと版の古い電子版のクラウン仏和辞典とプチロワイヤル仏和辞典が入っています。
そのどちらにも suavement という見出しはなく、suave ならあります。
suave は形容詞で、意味は 両方の辞書とも 「心地よい」「甘美な」と出ています。
形容詞に -ment をつけて副詞になるのはよくあるパターンなので、suavement は形容詞 suave が副詞になったものと考えてよいでしょう。
そうすると意味は、suave が 「心地よい」「甘美な」なので、動詞を修飾するっぽくすれば、
心地よく
甘美に
などとなるでしょう。
さらに確かめるため、スマホに入れてある仏々辞典を見てみます。
"Dictionnaire de Français Larousse" という辞書です。
以下のように載っていました。
suavement
adverbe
Littéraire. D'une façon suave.
adverbe(アドヴェルブ)は副詞のことです。
ad- には「追加」「添える」みたいな意味があり、verbe は「動詞」なので、abverbe は「動詞に(意味を)添えるもの」という感じでしょうか。
ついで、 Littéraire. とありますが辞書の画面ではこの部分は色が変えてあり、単語の意味ではなく、この単語が使用される場面が 「文学的」 な場面、つまり日常語ではなく ”文学的” な文章で使われるということらしいです。
たしかにいま見ている On doit laisser pousser ... で始まる文章は、ロートレアモンという人の散文詩というものなので、「文学的」 だと言えるでしょう。
そして、suavement の意味は、
D'une façon suave.
デュン ファソン シュアーヴ
「d'une façon + 形容詞」 は「~な仕方で」 といった表現なので、「シュアーヴな仕方で」、つまり、「心地よい仕方で」 「甘美な仕方で」 ということです。
passer suavement la main sur son front
la main は「手」 という名詞なので、この la main が passer の目的語です。
passer は目的語があるときは「〜を通り過ぎる」「〜を移動させる」などの意味になるので、ここでは
passer la main
で
手を移動させる
といった意味でしょう。
la main の後には sur son front と続きます。
front は son があるので男性名詞だとわかります。(front が女性名詞だったら sa front となるはず。)
front は英語ではフロント、つまり「前の部分」のことですが、フランス語でも「建物の正面」とか「額(ひたい)、おでこ」とかになります。
ここではとりあえず、son front の son はベッドから引き出された男の子、front はその子の額だと考えましょう。
そうすると、
passer suavement la main sur son front
は、
心地よい仕方で手をその子の額にに移動させる
あるいは、
優しく手をその子の額にあててやる
などととなります。
ですので、
de faire semblant de passer suavement la main sur son front
は、
優しく手をその子の額にあててやるふりをする
です。
すると、さきほど骨格を抜き出した、
Comme il est doux
d'arracher brutalement de son lit ...
et
de faire semblant de passer ...
は、
なんと甘美なことか
そのベッドから乱暴に引き剥がし
そして
優しく手をその子の額にあててやるふりをする (のは)
となります。
ここまでまとめると
Comme il est doux d'arracher brutalement de son lit un enfant qui n'a rien encore sur la lèvre supérieure, et, avec les yeux très ouverts, de faire semblant de passer suavement la main sur son front ...
また上唇に何も生えてない男の子を乱暴にベッドから引き出し、そして、目をかっと見開いて、優しく手をその子の額に当ててやるふりをするのは、なんと甘美なことだろうか...
です!