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2022-04-30

カトリック教会は極右に対する防波堤だった

Longtemps, l’Église catholique a semblé constituer un barrage à l’influence du Front national : plus les électeurs étaient pratiquants, moins ils votaient pour l’extrême droite. Ce n’est plus le cas. 

[Le Monde, Éditorial, 2022.04.21, "La discrétion de l’Église face à l’extrême droite"]


フランスの新聞 Le Monde の4月21日の社説(l'Éditorial)の冒頭です。

タイトルは、

La discrétion de l’Église face à l’extrême droite

極右を前にした教会の遠慮

となっています。


[発音]

Longtemps, l’Eglise catholique a semblé constituer un barrage 

ロンタン レグリーズカトリーク アサンブレ コンスティチュエ アンバラージュ

à l’influence du Front national : 

アランフリュアンス デュフロンナショナル

plus les électeurs étaient pratiquants,

プリュレゼレクトゥール エテ プラティカン 

moins ils votaient pour l’extrême droite. 

ムワン イルヴォテ プールレクストレームドロワット

Ce n’est plus le cas.

スネプリュルカ


[分かち訳]

Longtemps 長い間, 

l’Église catholique カトリック教会は 

a semblé ...に見えた 

constituer un barrage 障害となっている 

à l’influence du Front national 国民戦線の影響への 

: つまり、

plus les électeurs étaient pratiquants 有権者たちが宗義を守る人たちであればあるほど, 

moins ils votaient その人たちは投票することが少なかった 

pour l’extrême droite 極右へ. 

Ce n’est plus le cas もはやそういう場合ではない。


[語句]

Église catholique : カトリック教会。église は女性名詞。

constituer : ~を構成する, ~となる

barrage :[男性名詞] 通行止め、せき止めるための障害物

influence : [女性名詞] 影響

Front national : 国民戦線

: (deux points) : すなわち, つまり, というのも 

électeur : 選挙人, 有権者

pratiquant : 宗教の決まりを守る人。 catholique pratiquant で「日曜ごとに教会に行くカトリック教徒」。

voter : 投票する

extrême droite : 極右

Plus ..., moins ~. :  ...すればするほど、ますます~でなくなる。

cas :[男性名詞] 場合, 事態。 Ce n'est pas le cas. で「実際はそうではない」。


[訳文]

長いあいだカトリック教会は国民戦線の影響を防ぐものとなっているように見えた。つまり、日曜のミサにきちんと行く人有権者たちであればあるほど、極右に投票することがなかった。しかしもはやそうではない。


(以上)

2021-09-09

カトリック教会は21世紀の後にも生き残る?

Le catholicisme peut-il survivre au XXIe siècle ?

フランスの新聞「ル・モンド」の 2021.8.29 の記事のタイトルからです。


◆ ざっくり発音

Le catholicisme peut-il survivre au XXIe siècle ?

ル カトリシスム プティル シュルヴィーヴル オ ヴァンテユニエーム スィエークル


◆ 語句

catholicisme は「カトリック教」「カトリック教会」のこと。

語尾の -isme は、〈「制度・体系・主義・主張・職業・特性」の意を表す男性名詞語尾〉と『ロワイヤル仏和中辞典』に出ています。

なので catholicisme も男性名詞です。

ほかには、marxisme (マルクシスム)で「マルクス主義」とか。

(発音は英語と違って「イズム」じゃなくて「イスム」。)

XXIe は「21番目の」ことで、綴りで書くと vingt et unième(ヴァンテユニエーム)。

survivre は英語の survive と同じで「生き残る」。

survivre à ~ で〈~よりも後に生き残る〉。


◆ 文意

Le catholicisme カトリック教会は peut-il できるのだろうか survivre au XXIe siècle 21世紀の後に生き残ることが ?

→ カトリック教会は21世紀の後にも生き残ることができるのだろうか。

(ここまで)


2017-03-28

教皇フランシスコは

Le pape François a-t-il tenté de couvrir un prêtre pédophile ?

ニュース週刊誌 Le Point の 3月21日の記事から。

Le pape François a-t-il tenté de couvrir un prêtre pédophile ? - Le Point

発音:

    Le pape François a-t-il tenté
    ル パァプ フランソワ アティル タンテ

    de couvrir un prêtre pédophile ?
    ドゥ クヴリール アン プレートゥル ペドフィル

最初の pape は、キリスト教 カトリック教会の教皇(法王)のことです。

現在の教皇はフランシスコ(日本での呼び方)で、フランス語では フランソワ François になります。

a-t-il tenté は倒置の疑問文です。

    ※ 文の主語(今回は le pape François )が代名詞(je, tu, il, elle, nous, vous, ils, elles, on )以外のときは、その主語に合った代名詞を使って動詞と倒置させて疑問文を作ります。


    ※ a-t-il の間に入っている t はなんでしょう?


この文を倒置させないで肯定文にしてみると、

    Le pape François a tenté de couvrir un prêtre pédophile.

となって、a tenté の部分は直説法複合過去です。

tenté は動詞 tenter の過去分詞。

〈 tenter de + 不定詞(動詞の原形)〉で、「~しようとする」「~しようと試みる」という意味になります。

ここでは、

    tenter de couvrir un prêtre pédophile

となり、

couvrir は「覆う」「覆い隠す」、英語のカバー cover です。

prêtre は「(カトリックの)司祭」、pédophile は「小児性愛の」。

ですので、

    小児性愛の司祭を覆い隠そうとする

です。

全体では、

    Le pape François a-t-il tenté de couvrir un prêtre pédophile ?

    教皇フランシスコは、小児性愛の司祭を覆い隠そうとしたのか。

となります。

あるいは couvrir は「かばう、保護する」という意味も持っているので、

    教皇フランシスコは、小児性愛の司祭をかばおうとしたのか。

となります。

記事は、教皇フランシスコが、アルゼンチンでの枢機卿時代に小児性愛者の司祭をかばおうとしていたのではないか、という内容です。


2016-12-25

無原罪の宿り

Immaculée Conception


きょうはクリスマスです。

クリスマスは、フランス語では、

    Noël

    ノエル

です (男性名詞) 。

サンタクロースは、

    Père Noël

ですね。


クリスマスはキリストの生誕を祝う日。

キリストのお母さんは、マリア。

マリアは、英語では Mary (メアリー)、フランス語では、

    Marie

    マリ

です。


そのマリがキリストを妊娠 (懐胎) したことを、

    Immaculée Conception

    イマキュレ コンセプション

といいます。

    → Forvo で Immaculée Conception の発音を確認





Immaculée Conception の conception が、

    妊娠、受胎

という意味です (女性名詞)。

ほかに conception には、

    着想、構想、観念

などの意味もあります。

心に抱いたものが 「観念」で、 肉体に抱くと 「妊娠」 ということなのでしょう。


前半の immaculé が形容詞で、

    汚れのない、無垢な、純潔な

という意味になります。

    ciel immaculé

は、

    雲一つない空

っていう感じです。


けっきょく、

    Immaculée Conception

は、

    純潔な妊娠

ということですが、一般には、

    無原罪の宿り

などと訳されています。


これは、いわゆる処女のまま妊娠したということではなく、

無原罪の御宿りの教義は、「マリアはイエスを宿した時に原罪が潔められた」という意味ではなく、「マリアはその存在の最初(母アンナの胎内に宿った時)から原罪を免れていた」とするものである。 (→ ウィキペディア
ということらしいです。


ちょっとむずかしい...。


immaculé という語ですが、辞書を見ると

    macule

という単語が、

    (太陽の)黒点

    インクの汚れ

などと出ています (女性名詞)。

im- は否定的な意味になる接頭辞なので、immaculé は、

   汚れのない

という意味になるのですね。


2015-11-08

あらゆるものの始まりに 2

Il était donc avec Dieu au commencement. Dieu a fait toutes choses par lui ; rien n'a été fait sans lui ;

(フランス語中級)

※ 10世紀のラテン語版 「ヨハネ伝」 冒頭 ( fr.wikipedia より


キリスト教の聖典である 『新約聖書』 の 「ヨハネ伝」 冒頭を見ています。

きょうはその2回目。

    → 1回目


1回目の内容は、

    Au commencement de toutes choses, la Parole existait déjà ; celui qui est la Parole était avec Dieu, et il était Dieu

    あらゆるものの始まりに、み言葉がすでにあった。 み言葉である人は神とともにあった。その者は神であった。

というかんじでした。


次に来ているのは、

    Il était donc avec Dieu au commencement.

    イレテ ドンク アヴェク ディウ オ コモンスモン

という文です。

この文の主語の Il は、直前の文の il était Dieu の il と同じでしょうから、「その者」(=み言葉である人、神とともにいた人、神であった人) としておきます。

文法とかでとくに困難はなさそうです。

訳してみると、

    Il était donc avec Dieu au commencement

   その者はそれゆえ、始まりにおいて神とともにいた

となります。

表現の繰り返しが多いですね。


次の文は、

    Dieu a fait toutes choses par lui ;

    ディウ ア フェ トゥット ショーズ パル リュイ

    神は / 作った / あらゆるものを / その者を通して

    神はその者を通してあらゆるものを作った

というかんじです。


その次の文、

    rien n'a été fait sans lui ;

    リィヤン ナ エテ フェ サン リュイ

の a été fait は、受動態が複合過去形になっています。

a été で、〈 avoir + êtreの過去分詞 〉 なので複合過去形。

été fait で 〈 être + 過去分詞 〉 なので受動態、です。

ですので、a été fait で 「作られた」 となります。


全体では、

    rien n'a été fait sans lui ;

    何ものも / 作られなかった / そのものなしでは

なので、

    その者を通してでなければ何ものも作られなかった

となります。


ここまでをまとめると、

    Il était donc avec Dieu au commencement. Dieu a fait toutes choses par lui ; rien n'a été fait sans lui ;

    その者は、それゆえ始まりに神とともにいた。 神はあらゆるものをその者を通して作った。 そのものを通してでなければ何ものも作られなかった。


この部分は日本語訳聖書では、

    この言は初めに神と共にあった。 すべてのものは、これによってできた。できたもののうち、一つとしてこれによらないものはなかった。 (「口語訳」)

    この言は、初めに神と共にあった。 万物は言によって成った。成ったもので、言によらずに成ったものは何一つなかった。

となっています。




2015-10-18

あらゆるものの始まりに 1

Au commencement de toutes choses, la Parole existait déjà ; celui qui est la Parole était avec Dieu, et il était Dieu.

(フランス語中級)


キリスト教の 『新約聖書』 のフランス語版をちょっとだけ読んでみます。

新約聖書の中の 「ヨハネ伝」(ヨハネによる福音書) の冒頭です。

※ 10世紀のラテン語版「ヨハネ伝」冒頭 ( fr.wikipedia より)


日本語でもそうですが、フランス語版の聖書にもバージョンがいくつもあります。

    ※ 新約聖書の 「原文」 は古典ギリシャ語。

そして、バージョンによってけっこう文面が違っていたりして面白いです。

ここでは、La Bible en français courant というバージョンからの引用です。

  ※ 引用元: Évangile selon Jean 1, La Bible en français courant (FRC97) | Chapitre 1 | La Bible App | Bible.com


このバージョンのタイトル、

    La Bible en français courant

    ラ ビーブル アン フランセ クラン

の Bible は 「聖書」、 courant は 「日常の、普通の、ありふれた」 という意味があるので français courant で 「日常フランス語」  でしょうか。

    La Bible en français courant

    日常フランス語による聖書

というかんじです。

つまり、古めかしい言葉ではなく、現在よく使われているフランス語に訳した、ということでしょう。


さて、最初の

    Au commencement de toutes choses, 

    オ コマンスマン ドゥ トゥットゥ ショーズ, 

    la Parole existait déjà

    ラ パロール エグズィステ デジャ

から。

au commencement は、「始まりに」 、de toutes choses は 「あらゆるものの」 なので、前半は 「あらゆるものの始まりに」 となります。

つづいて、la Parole の parole は 「言葉」 ですが、大文字で始まっているので 「み言葉」 としておきましょう。

existait は動詞 exister 「存在する」 の直説法半過去形です。

すると、la Parole existait déjà で、「み言葉はすでに存在していた」 です。

くっつけると、

    Au commencement de toutes choses, la Parole existait déjà

    あらゆるものの始まりに、み言葉がすでにあった。

となります。


次の文は、

    celui qui est la Parole était avec Dieu, 

    スリュイ キ エ ラ パロール エテ アヴェク ディウ

    et il était Dieu

    エ イレテ ディウ

celui qui ... という表現は、「...する人・者」 という意味になるので、

    ※ qui は次に来る動詞の主語になる関係代名詞)  

celui qui est la Parole で、「み言葉である(ところの)人・者」 です。 

そしてこの celui qui est la Parole の celui が次の動詞 était の主語になっているので、

    celui ... était avec Dieu

    ...な人・者は神とともにあった

となります。

全体では、

    celui qui est la Parole était avec Dieu, 

    み言葉である人は、神とともにあった

です。

    celui qui est la Parole の est は現在形、celui ... était avec Dieu の était が過去形になっているのが気になります。


次は

    et il était Dieu

なので、

    そして、彼 (その人・者) は神であった

というかんじです。


後半をまとめると、

    celui qui est la Parole était avec Dieu, et il était Dieu

    み言葉である人は、神とともにいた。そしてその人は神だった

となります。


全部で、

    Au commencement de toutes choses, la Parole existait déjà ; celui qui est la Parole était avec Dieu, et il était Dieu

    あらゆるものの始まりに、み言葉がすでにあった。 み言葉である人は神とともにあった。その者は神であった。

です。

これをそのまま図式化すると、

    み言葉=キリスト?=神

ということなのでしょうか...。


日本語訳を見てみます。

    初めに言があった。言は神と共にあった。言は神であった。 (「口語訳」)

    初めに言があった。言は神と共にあった。言は神であった。 (「新共同訳」)

この二つの訳文は同じです。「言」 は 「ことば」 と読めばいいのでしょうか。


この訳と 『日常フランス語による聖書』版のフランス語を見ると、

1. 「あらゆるものの始まり」 の 「あらゆるものの」 が日本語版にはない

2. 「み言葉である人は、神とともにいた。そしてその人は神だった」 の箇所は、日本語訳では、「言は神と共にあった。言は神であった」 となっていて 「人(者)」 が表現されていない

という違いがあります。 

とくに 2 の違いは大きいですね...。

うーむぅ、おもしろいです。