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2025-02-12

神の不在とは何か

Qu’est-ce que cette absence de Dieu produite par l’extrême malheur dans l’âme parfaite ?

― Simone Weil, "La Pesanteur et la Grâce" 

シモーヌ・ヴェイユ(1909-1943)という思想家の著作『重力と恩寵』の言葉から。

  →  シモーヌ・ヴェイユ(Wikipedia)
  → ちくま学芸文庫『重力と恩寵』(Amazon)


◆ おおまかな発音

カタカナ発音を参考程度に…。

Qu’est-ce que cette absence de Dieu
ケスク セット アプサンス ドゥ ディュ
produite par l’extrême malheur
プロデュイット パル エクストレーム マルール
dans l’âme parfaite
ダン ラーム パルフェット?


◆ 解釈

最初の、

    Qu’est-ce que cette absence de Dieu ...?

は「"cette absence de Dieu"とは何か?」という問いです。

absence は「不在」「欠席」「いないこと(ないこと)」、女性名詞、Dieu は「(キリスト教の)神」なので、

    神のこの不在とは何か?

です。

「何か?」というのは「(神の不在を)どう考えたらいいのか?」というかんじでしょうか。


次の produit(e) は 動詞 produire(プロデュィール)「生み出す」「生産する」「引き起こす」の過去分詞。「生み出された、引き起こされた~」となって名詞を修飾します。

-e がついているので、修飾している名詞は女性名詞です。

この「~」(修飾される名詞)にあたるのは produite の直前の女性名詞の cette absense ですね。

なので、cette absence de Dieu produite par ... までで「…によって引き起こされた、神の不在」です。

par の後ろは par l’extrême malheur となっているので、

    極限の不幸によって(引き起こされた、神のこの不在)

っていうかんじです。


さいごの dans l’âme parfaite。

âme は「魂」(女性名詞)。parfait は「完全な」、女性名詞 âme を修飾しているので -eがついてます。

    dans l’âme parfaite 完全な魂の中で/に


ここまでを分かち訳してみると、

Qu’est-ce que cette absence de Dieu 神のこの不在とは何だろう / produite par l’extrême malheur 極限の不幸によって生み出された(る) / dans l’âme parfaite 完全な魂の中で(に) ?

となりますが、最後の「完全な魂の中で(に)」は、どこに係る(修飾する)でしょうか。

おそらく「極限の不幸によって・完全な魂の中に・生み出された・神のこの不在」とつながるのがいいでしょう。

つまり、「完全な魂の中に → 生み出された」。


◆ 訳文

Qu’est-ce que cette absence de Dieu produite par l’extrême malheur dans l’âme parfaite ?

極限の不幸によって完全な魂の中に生み出される、神のこの不在は何だろう?

わかりずらいですが、いみは、

 極度の不幸が原因で、完全な魂を持ったものの中にさえ、神が不在になってしまうことがあるということを、どう考えたらいいのだろうか?

というかんじではないかな。


(ここまで)


2025-02-02

宗教は民衆の阿片である

Karl Marx : « La religion est l'opium du peuple »

Le Point の 2017.12.16付けの記事のタイトルです。

カール・マルクスが言った(書いた)という有名な言葉。


■ おおまかな発音:

Karl Marx : « La religion est l'opium du peuple »
カール マルクス ラ ルリジョン エ ロピヨム デュ プゥプル


■ 意味

religion は「宗教」(女性名詞)。

opium は「阿片」。


■ 訳

Karl Marx : « La religion est l'opium du peuple »

カール・マルクス「宗教は民衆の阿片である。」


///




2025-01-30

人生は速く過ぎ去るから

La vie passe si vite que parfois l'âme n'a pas le temps de vieillir.


Sandrine FILLASSIER という現代フランス作家の文章からです。


◆ カタカナ発音

La vie passe si vite que parfois 
ラ ヴィ パス スィ ヴィット ク パルフォワ
l'âme n'a pas le temps de vieillir
ラム ナ パ ル トン ドゥ ヴィエィール


◆ 意味

la vie : 人生、命、生活 (女性名詞)

passe :  動詞 passer 直説法現在。「通過する」「過ぎる」

si ... que ~ : とても…なので~だ(英語の so ... that ~ の構文)

vite : 速く(副詞)

La vie passe si vite que : 人生はとても速く過ぎ去るので…だ

parfois : ときどき、ときおり

âme : 魂、精神、心 (女性名詞)

le temps : 時間 (男性名詞)

vieillir : 動詞、「老いる」「年を取る」の不定詞(原型)

le temps de vieillir : 老いる(ための)時間

parfois l'âme n'a pas le temps de vieillir : ときどき魂は年を取る時間が持てない

◆ 訳

La vie passe si vite que parfois l'âme n'a pas le temps de vieillir.

人生はとても速くすぎてしまうので、ときおり魂は老いていく時間がなくなってしまう。


(ここまで)


存在の耐えられない軽さ

 L'insoutenable légèreté de l'être


チェコスロヴァキア出身のフランスの作家 Milan Kundera(ミラン・クンデラ, 1929-2023)の作品のタイトルです。

Amazon.fr で書籍を見る


◆ 発音は、

L'insoutenable légèreté de l'être
ランストゥナーブル レジェルテ ドゥ レートル



◆ 単語

insoutenable の in- は「否定」の意味があります。

in- を取った soutenable は、soutenirという動詞から。

soutenir は「支える」「支持する」「耐える」。

soutenir に -able(できる)がついて soutenable「指示できる」「耐えられる」という形容詞に。

なので、insoutenableは「指示できない」「耐えられない」(形容詞)。

légèreté は形容詞  léger (軽い)の名詞形で、「軽さ」「軽やかさ」(女性名詞)。

l'être は動詞 être が名詞として使われています。

動詞の être は「~である」のほかに「~がある」「存在する」という意味があります。

ここでは être は「在ること」「存在」です。


以上、

L'insoutenable légèreté de l'être


存在の耐えられない軽さ

となります。


(ここまで)

2025-01-13

フーコー:私の身体

Je peux bien aller au bout du monde, je peux bien me tapir, le matin, sous mes couvertures, me faire aussi petit que je pourrais, je peux bien me laisser fondre au soleil sur la plage, il sera toujours là où je suis. Il est ici irréparablement, jamais ailleurs. Mon corps, c'est le contraire d'une utopie, ce qui n'est jamais sous un autre ciel, il est le lieu absolu, le petit fragment d'espace avec lequel, au sens strict, je fais corps. 


フランスの思想家 Michel Foucault(ミッシェル・フーコー 1926-2984)の "Le Corps utopique" という文章からです。


[試訳]

私は世界の果てにまで行けるし、朝、毛布にうずくまって小さく丸まっていることもできる。浜辺で陽の光に溶けそうになることだってある。だが、それはいつもそこに、私の居る場所に居る。それはここに、取り消し不可能なものとして、居る。決して他にはいない。私の身体、それはユートピアの反対だ。決してどこかの空の下に居ることはない。それは絶対的な場所であり、その空間の小さな断片と私は文字通り〈一体化〉している。 


[ChatGTPによる翻訳]

私は地の果てまで行けるし、朝、毛布の中に潜り込んでできる限り小さくなることもできる。砂浜で太陽の下に溶けるように身を委ねることだってできる。それでも、それ(身体)は常に私がいる場所にある。修復不可能なほど、ここに存在していて、決して他のどこかにいることはない。
私の身体、それはユートピアとは正反対のものだ。それは決して別の空の下にあることはなく、絶対的な場所なのだ。私が「身体を成す」という意味で、厳密には私と一体化している小さな空間の断片なのだ。


(ここまで)